非常に大きなパピエマシェ(紙製)ホーンを特徴とするEMGは、蓄音器の歴史の中でもひときわ異彩を放つ存在です。E.M.ジーンとH.B.デービーによって1924年に設立されたEMG社は、英国の専門誌”The Gramophone”の技術顧問だったP.ウイルソンの助言のもと、周波数特性に優れた指数カーブのシンプルなホーンを採用した蓄音器を生み出しました。同社の蓄音器は大手メーカーのバランス重視の音とは異なった、ダイナミックで「前に出てくる」音が最大の魅力です。高感度で反応が良く、ピアノのタッチ、ヴォーカルの息遣いなどを繊細に再現します。
EMGは「通人」のための小規模メーカーとして注文主の要望にも応じていたためか、外装やモーターの仕様などは同じ型番でも1台1台微妙に異なり、全く同じものはありません。自ら「ハンドメイド」を謳っていたことからも、製品というより「作品」に近い蓄音器と言えるでしょう。
マーク9は同社のなかでも比較的コンパクトで設置しやすいモデルです。この個体は1930年代初頭のスワンネック・トーンアーム仕様で、ホーンの内側の仕上げは石膏を薄く塗った上にクラッキングという技法で金色のひび割れ模様をつけたもの、外側はとかげ革風型押し洋紙を貼ったものになっています。縁に若干の補修があるほかはいずれもオリジナル状態です。
固く平滑なプラスターの効果か、立ち上がりの良い、すっきりとした音は実に見事。ソロ楽器、歌そして録音空間を立体的に表現します。