特別企画:シェルマンアートワークスの足跡(2)                              1へ

 

THE GRAMOPHONE NEWS 第2号 1995年 3月 より

シリーズこの人に聞く 五十嵐一郎氏(オーデイオ評論家)聞き手:磯貝建文(弊社代表)


1994年から99年まで私たちは”THE GRAMOPHONE NEWS”と題した会誌を発行していました。紙面はレアーな商品の紹介記事や、イベント、弊社のオリジナル・サウンドボックス”HOTOGY”の開発過程やオリジナルCDの制作情報などで構成されておりましたが、その中にオピニオン的な意味も込めて「シリーズこの人に聞く」と題したインタビューページを設けておりました。

この欄の第1回と第2回にはオーディオ評論家として知られる五十嵐一郎氏にご登場いただきました。

五十嵐氏には創業間もない1970年代から蓄音器やSPレコードの本質的な価値についてご指導をいただき、その幅広い見識は弊社の方向性に大きな影響を与えてくださいました。

インタビューは蓄音器を中心に音楽再生の真髄に触れたもので、4半世紀を経た現在においても変わらぬテーマをお話しされています。


THE GRAMOPHONE NEWS NO.2 (1995年3月1日)より

シリーズ・この人に聞く 2五十嵐一郎氏(その2)


国内外で活躍中のオーディオ研究家、蓄音器、レコード・コレクターの方々に、興味ある様々なお話しを伺おうと言うものです。

今回は、前回に引き続き月刊『ラジオ技術』誌を中心にオーディオ研究家として長年活躍なさっている五十嵐一郎さんにご登場いただきます。聞き手はシェルマン代表の磯貝です。


(磯貝)ところで、電気再生で蓄音器の音を出そうと試みられている方が少なからずいらっしゃる様です。蓄音器が天然記念物的存在で入手が難しいのならいざ知らず、幸い未だそうした状況には至っていない訳です。50万円前後の金額を出せばそこそこの物か入手出来るのに、100万、200万のお金を使ってやっと蓄音器の音に近いものが出るようになったと云う話を聞かされると、何とも奇妙な気がします。私が単純なのかも知れませんが、蓄音器の音を求めるならばそれは蓄音器で聴き、電気で聴く場合は電気でなくては出ない音を追いかけるのが本当だと思うのですが。


(五十嵐)50万前後の蓄音器をじっくり聴いた経験が無いのでそのランクの蓄音器についてはコメント出来ませんが、英米の最高器種であるHMVの202、203そしてクレデンザあたりの音の品位を電気で出そうと思ってもはっきり云ってこれは出ない。

私自身、ある時期までは電気の音を蓄音器の音に近づかせよう、と努力したものです。復刻のCDを買う場合は出来るだけオリジナルのSPに近い音の物を選んだりするとかね。でも出ないですね。

かといって、まるっきり出ないのかと云うとそうでもない。たとえばHMV独特のノイズ感の様なものは、それがカットされていないCDを選びそれなりの再生方法を採ってやればある程度はオリジナルに近くはなります。でも、いかんせん切り整えた竹針をSPに下ろしてパッと出てくる音、言い方を変えれば蓄音器の味、これは電気では絶対に無理ですよ。

こんな話を人にすると“帯域は狭く音量はひかえめでSPを聴く方がデジタルを聴くよりよっぽど良いと云っている様に聞こえますね”と言われるんですが、本当にその通りなんですよ。僕自身初めからそうだった訳ではなくって、電気のいろいろな装置で聴いて、デジタルそして最新のDCCなどもやっている訳ですが皆それぞれの良さがあるんですね。でも蓄音器の魅力にはかないませんね。よく、音が良いとか悪いとか、好きとか嫌いとか言いますが、そこには“演奏”と云うものがものすごく関わってくるんですね。時々 “演奏は悪いけれども音はいい” と言う人がいる。僕はそんな判断を信じないですね。僕はそうした立場は取らないんです。演奏が悪ければ出る音も悪いんですよ。音が良いって事は演奏そのものが良いって事なんです。それは奏法上の技術の善し悪しのみを指すのではなくて、演奏と云うのはその演奏家の個性もさることながら、それぞれの生きた時代そのものを背負っている訳で、それらを内包した演奏でなくては僕には良い音に聴えない。

例えば、1942年、43年と云う第2次大戦時中にコルトーが録音したエチュードとプレリュード、彼は戦中から戦後、必ずしも幸せでない晩年を送る事になるんですが、それらを聴くとまさしく時代が演奏に出ていますよね。感動しました。蓄音器で聴くSPの魅力はそこにあるんですよ。あの人の演奏を聴きたいと思った時に、録音が良い悪いと言ったって始まらない、聴かずにはおられないんだから。そう考えると、残念ながら現代の演奏家の質は確実に下がっていますよ。その下がっていると断じる基準は何かと言われると困るけど。

技術的な問題だけではないことは確かですね。最新のデジタル技術を駆使して、かつてないハイフィデリティー・レコーディングが出来るようになったからと云って、それだけでは後世に残る物は作れませんよ。“残す”とか“残った”のでは困る世の中になりましたね。コマーシャル・ベースで100万枚売れ、良かったね、おめでとう、と云う物が出来たって、それでどうしたのってなもんですよ。

80年前、90年前に300枚とか500枚しかプレスされなかったSPが今日まで残っているというのは単に希少価値で残っている訳ではない。レコードの中身の問題なんですよね。


(磯貝)さあ、そこまでくると、五十嵐さんのお気に入りの演奏家、愛聴盤についてお伺いしたくなりますね。ご存じかと思いますが、英国で40年以上も続いている有名なラジオ番組があります。タイトルは 『The Record of a desert island』、もし貴方が無人島に1枚だけレコードを持って行けるとしたら、それは?との質問を各界の著名人にすると云う番組なんです。同じ質問を五十嵐さんに是非してみたいんですが。


(五十嵐)いや一、困りましたね。そうした質問をよくされるんですが、まあ、それを言うといろいろ厄介な事が起きますからねえ。その代わりと云ってはなんですが、昨日聴いたものを言いましょう。日本コロムビア盤のモーリス・マレシャルのチェロで『荒城の月』『宵待ち草』『今様』そして『浜辺の歌』の4面を聴いて寝たんです。そして今朝はね、復刻のLPでティボーとマルグリット・ロンのモーツアルトのK.526とK.378を聴きました。このパテ・マルコーニィはいいですよ。SPではプレスされなかったといわれているんですが、僕はアンパプリッシュドであったにせよ、テストプレッシングのSP盤が存在すると思いますね。出て来たらこれは大変ですよ。

いい話があるんで話しましょう。西条盤鬼大先生(記:西条卓夫氏の愛称)に所用があって有る物を送ったんですが返事が来ない。しばらくたって息子さんから連絡が来ました。息子さん曰く父も最近91歳になった。だいぶん物忘れがひどくなったげれど食欲だけはまだ旺盛である。このところ肝心の音楽をほとんど聴かなくなってしまった。親父にどうして聴かないんだと聞いたら、『頭の中で奏ってるよ。なにを今更』との返事がかえってきたとの事。それを聞いて先生健在なりと嬉しかったですね。

僕は日本でエネスコの評価をこれ程までに高くしたのは西条さんの文筆の功績だと思っています。演奏家を批評するときにとても面白い事を言う人でしてね、例えばカペーは飛行機、ブッシュは潜水艦、なんてね。たとえ思ったとしても普通の職業評論家なんてこんな事書けもしないですよ。でもあの人はスパッと書くんです。盤鬼が戦後、エネスコのバッハの無伴奏コンチネンタルのLPを聴いた時ですが、その批評で『生きてて良かった』と書いたんですよ。あれは凄いね、一回読んだら忘れない名台詞ですよ。その他いろんな事を言いますね、問答無用とか。野村あらえびす先生はエネスコのこと一行も書いちゃいない。七不思議の一つですよ。あらえびす先生エネスコは聴いちゃあいなかったんだね。聴いてりゃ必ず書きますよ。もう一人、新潮社のS氏。氏とは1年に1回くらい電話で話をするんですが、この前、apr盤のティボーの復刻CDが出たことを話したんです。お使いがすぐ富士レコードにすっ飛んでった。ところがすぐにはなにも言ってこない。彼は全部を聴いてから電話して来るんですよ。途中で良いとか悪いとは決して言わない。とてもこわい人なんです。1週間くらいして電話がありましてね、唐突に『五十嵐さん、ラロのスペイン交響曲は何年のレコーディングだ』と聞いてくるんですね。”

"Sさん、ライナーノートを見れば出てますよと応えると、今までいわれて来た録音年と違う年が書かれている、とおっしゃる。家に帰って早速調べてみると、まさしく1941年11月17日となっているじゃありませんか。驚きましたね。今までそれは1946年頃の録音と言われていたんです。

そして、九州のM夫人。これも有名な話です。敗血症で九大から見放されたのに、ランドフスカのゴールドベルグのSPを聴いて感激して病気が治おっちゃった。西条先生がその話をランドフスカにしたところ、スイスでも同じようなことが起きたと云っていたそうです。二人の命を救ったんですね。彼女のレコードは。そんな事も手伝ってか、ランドフスカはSt.Wanda=聖ワンダと呼ばれていたそうですよ、向こうでは。


M夫人にもティボーのCDを知らせたんです。そしたら電話をかけてきて、大変よかったといっていましたね。マレシャル復刻のCDも聴いている様です。今はほとんど車椅子の生活だといっていましたがね。どうですか、こんなところですかねえ。私の無人島のレコードはティボーのapr復刻CDにしておきますか。これなら喧嘩にならんでしょう。(終)


(対談を終わって)

五十嵐さんのご専門は『オーディオ』の領域である。が、お人柄そのままの洗練された嗜好は身の回りにも及び、初めてお目にかかったときからその品格あるオシャレには感嘆したものだ。さりげなく手首にはパテック・フィリップ。日本人のほとんどがまだその名前すら知らなかった時代に、世界最高の腕時計を当然のごとく身につけておられた。ウエアーは英国物。何十年着ても型崩れ一つ起きそうもない本格的なツイードのジャケット、日本には輸入されていないアクアスキュータムのハーフコート。それらを、じつに自然に着こなしている感性は日本人離れさえしていた。それは今も少しもお変わりになっていない。

今回の対談では、西条先生のエピソードをいろいろお話しいただいたが、私にはそれが五十嵐さんのイーメージとダブッて仕方なかった。推察するに、世間に迎合することを嫌う姿勢は五十嵐さんだって西条先生に一歩も引けを取らないのではないであろうか。それにしても、『無人島のレコード』についてはうまくはぐらかされてしまった。

五十嵐先生、たまには迎合していただいても結構ですよ。 磯貝記


五十嵐一郎氏

会社役員 オーディオ評論家

月刊誌『ラジオ技術』ディスク・レビュー欄 “HISTORICAL”担当(掲載当時)